2019年04月07日

富岡製糸場

昨年の11月のことですが・・・、東御市S邸現場監理の帰りに富岡製糸場に行ってみました。
日本の近代産業発祥地として世界遺産に登録されています。
明治初期、国内に重工業産業などなかった日本は、全国の農家に養蚕を奨励して、絹糸を生産して輸出することで、少しづつ少しづつ国力を高めていったそうです。坂の上の雲(司馬遼太郎)に、日本中の農家で蚕を飼って、絹糸を紡いで稼いだ微々たるお金の大部分を軍艦などの購入費に充てて、やっとのことで作り上げた近代的軍隊が富国強兵策の実態だったのだというようなことが書いてあった記憶がありますが、富岡製糸場を見学してみてそのことが実感できました。細い細い絹糸をそっと取り出して製糸する繊細な工業が近代産業のはじめの一歩だったのです。製糸工場だけでなく、蚕を生産するための農家の屋根裏の建築方法や、蚕を工場に集めたり、出来上がった絹糸を港(横浜とか)まで運ぶ鉄道網の整備など、全体のシステムが稼働して初めて産業が成立することもよく理解できました。
今度は、輸送システムの難所であった碓氷峠の鉄道遺産(レンガのアーチ橋とか、アプト式登坂システムなど)も見学に行きたいな〜っと思いました。

IMG_1065.jpeg
農家から集めた繭を保管していた長大な倉庫。天気の良い日は大きな扉を開けて倉庫内の通気乾燥をしたそうで、建物外観の特徴にもなっている

IMG_1045.jpeg
倉庫内部 トラス架構や大きな観音扉窓(ガラスなし)が印象的

IMG_1056.jpeg
製紙機械棟 1980年代まで稼働していた とても繊細な機械システム

IMG_1050.jpeg
初期の製紙機械を動かすための蒸気式エンジン(カッコいい!)

IMG_1052.jpeg
蒸気エンジンを動かすために大量の水をお湯にして蒸気をつくり出すための貯水タンク
水圧によってタンクを自立させるので、外郭の鉄板はすごく薄くても大丈夫なのだそう

IMG_1062.jpeg
女工さんたちの寮、周囲の山並みの並びになぞらえて、妙義棟、浅間棟、榛名棟という名前が付いているのが面白い
全国から集まった女工さんは、かなりのエリートで、製糸工業の技術を習得してそれぞれの地元に持ち帰える重要な役割をもった優秀なエンジニアでもあったそうです
posted by GLOCAL ken-u at 18:35 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。